みなさんは、「最悪の民主主義」と「最良の専制主義」について考えたことはありますか?
普段生活していると、あまり関心が向かないことかもしれません。しかし、世間では社会保険料の値上げや増税など、わたしたちの生活が良くなるような話よりも、政治や社会への不平・不満が多く聞こえます。
自分たちが選んだ政治家が、自分たちを苦しめる。実際こう思っている人もいるのではないでしょうか。
この記事では、田中芳樹さんの「銀河英雄伝説」をもとに、「最良の最悪」と「最悪の最善」について考えてみたいと思います。
この記事を読むことによって、矛盾する事象が対立した時にどのように物事を考えたらよいか整理できるようになります。
銀河英雄伝説とはどんな話?
私が好きな物語に、田中芳樹さんが書いた「銀河英雄伝説」と言う小説があります。本伝と外伝からなり、漫画版やアニメ版もあります。アニメ版はリメイクもされています。
私のおすすめは、小説と初期のアニメ版(通称:石黒版)が面白いと思います。
作品の概要

銀河英雄伝説を端的に説明すると、専制国家の「銀河帝国」と民主共和制国家「自由惑星同盟」の陣営がそれぞれ覇権を争っており、銀河帝国のラインハルト・フォン・ローエングラムと自由惑星同盟のヤン・ウェンリーが主人公です。
結論から言いますと、銀河帝国が宇宙を統一し、自由惑星同盟は国家としては解体され、一部の惑星で民主政が認められた状態で終りを迎えます。
この物語の面白いところは、単なる勧善懲悪な物語ではなく、それぞれの視点で正義とはなにか?何が最善なのかということを考えさせられる話になっています。
多くの登場人物
両陣営には様々な登場人物が出てきます。軍人だけではなく、政治家や商人、宗教家まで出てきて複雑ではあるけど、巧妙に話が作られています。
両方に共通するところは、有能とは言えない上司に悩まされる主人公の苦悩があるというところです。一方で、それぞれの主人公には優秀な部下がラインハルトとヤンの戦略・戦術を支えているところです。
戦闘指揮官、参謀、補給のプロフェッショナル、白兵戦のスペシャリストなどが登場します。
ラインハルトとヤンの違い

ラインハルトとヤンの最大の違いは、野心の大きさです。
ラインハルトが属する銀河帝国は、皇帝が統治する専制国家です。元は、民主制の「銀河連邦」という国家の一政治家、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムが首相と国家元首を兼ね独裁政権となり、銀河連邦政府を銀河帝国に編入した後専制君主となりました。
ラインハルトは銀河帝国ができてから約500年後の人物ですが、実の姉が皇帝の後宮として召し上げられたこともあり、銀河帝国をいずれ自分の手に入れるといった野望を持っていました。
対するヤンは、自由惑星同盟に属しており、民主共和制国家です。
銀河帝国によって政治犯として収監されていた人々が、流刑地から脱出し、建国された民主共和制国家です。
軍に対する政治の影響は強く、今の自衛隊のような感じです。ヤン自身は元々軍人ではなく歴史研究をしたかったが、ただで歴史の勉強ができるという理由で軍大学に入ったという経歴の持ち主です。
ことあるごとに、早く退役して年金ぐらしをしたいと言い、余生は歴史の研究をして過ごすことを希望していました。
このように、ラインハルトは自らが宇宙を手に入れること、ヤンは歴史の研究をすることが目的であり、二人の野心には大きな差があったと言えます。
両陣営の違い
銀河帝国は、物語の当初ゴールデンバウム王朝の皇帝、フリードリヒ4世が治めていました。500年続く銀河帝国は、門閥貴族によって平民が統治される構造でした。
ラインハルト自身は下級貴族の出身でしたが、姉が皇帝の後宮となったこと、軍人としての比類ない能力から注目されるようになり、わずか20歳で元帥まで昇進しました。
皇帝、フリードリヒ4世が急死したことから、後継争いが発生。門閥貴族の間での闘いになるかと思いきや、そこにラインハルトが参戦。内乱を制しました。
さらに新皇帝を誘拐させ、年端もいかぬ幼児を皇帝に据え、自らが摂政となり、事実上の実権を握ります。
ラインハルトは、身分ではなく能力を重視し、特に有能な平民や下級貴族、かつては敵対した門閥貴族からも有能だと判断した人物を積極的に登用し、人材の登用を熱心に行いました。
旧門閥貴族は、私利私欲のために住民を利用しましたが、ラインハルトは法による支配を目指し、平民からの支持も高かったと言えます。
銀河帝国には、議会というものが存在せず決定から実行までが迅速であったこともあり、社会機構は劇的に改善されていきます。
遂には、皇帝を廃位しゴールデンバウム王朝を終わらせ、自らが皇帝となり、ローエングラム王朝を建国しました。その先は、内乱などを経つつやがて、自由惑星同盟を滅ぼし、銀河を統一してしまいました。
次に自由惑星同盟です。自由惑星同盟の建国は帝国暦218年です。銀河帝国に収監されていた共和主義者たちが逃亡の末建国した国家です。
物語の当初は、自由惑星同盟は銀河帝国と渡り合える戦力を有していました。
厳密には、銀河帝国の自治領フェザーンによって戦力を均衡させられていました。
帝国との戦闘に参加していたヤンは、ラインハルトの前に壊滅寸前の状態をなんとかまとめて帰還するといった功績から、これまで何度も攻略できなかった要塞「イゼルローン」の奪取を命じられます。
このイゼルローン攻略をヤンが成功させたことにより、バランスが狂い始めます。
同盟政府は、この機に帝国奥深くまで侵攻し、あわよくば帝国そのものを壊滅させようと考えました。
ヤン自身は、イゼルローンを攻略することで帝国と有利な条件で休戦ができるのではないかと思っていましたが、その思惑は外れたことになります。
かつてない大軍を率い帝国領へ進行するも、迎え撃つラインハルトの戦略に同盟軍は大敗を喫してしまいます。
この敗戦は、帝国と同盟の均衡を維持することが不可能となるほどのものであり、これまで意図的に軍事バランスを均衡させていたフェザーンも同盟を滅ぼすという方向に舵を切るほどでした。
更に悪いことに、誘拐された帝国皇帝が同盟に亡命し、それを同盟が受け入れたことから、ラインハルトに同盟侵攻の口実を与えてしまいます。
すでに帝国とまともに渡り合える戦力が残ってない同盟です。懸命に抵抗するも遂には敗れ、軍は武装解除。一旦は自治が認められるも、ラインハルトの策略で同盟は完全に解体となりました。
このように、銀河帝国は有能な指導者のもと繁栄し、対する自由惑星同名は滅びてしまいます。
銀河英雄に存在する矛盾

この物語における最大の矛盾は、「最良の指導者による専制政治」と「無能な政治家による共和制」どちらがいいか?と言うところにあります。
現に私達は、自分たちが選んだ政治家たちに国政を任せています。一方で、自分たちの生活は一向に良くなりません。むしろ、増税などによる手取りの減少などもあり、生活が良くなったと思う人は少ないと思います。
「民主共和制とは、人民が自由意志によって自分たち自身の制度と精神をおとしめる政体のことか」
田中芳樹「銀河英雄伝説5」徳間書店
こう作中で表現されています。
他方、ラインハルトのような善政を行う専制国家は現在見当たりません。
強いて言えば、歴史上の名君と言われる専制者を指すのでしょうかね。
この「名君による専制政治」と「愚者による民主共和制」のどちらを選べと言われたらどちらを選びますか?
「私は最悪の民主政治でも最良の専制政治にまさると思っている」
これは劇中でヤンがラインハルトに言った言葉です。
正論であると思います。しかし、混沌として、夢も希望もない状況でこのように言える人が多くないのも事実だと思います。
私はこの作品が好きで、特にアニメ版を何度も見返しています。
何度も見ているうちに、その背景や考え方についても考えるようになりました。
私自身、銀河帝国がいいのか自由惑星同名がいいのか、ラインハルトがいいのか、ヤンがいいのかまだ答えが出せずにいます。毎回考えが変わるからです。
それだけ、この作品には「正解」がいくつもあるのでしょう。
その場を切り取るだけならば「名君による専制政治」がよい?
この物語の時代に限って言えば、ラインハルトの手腕によって多くの人が圧政から開放されて幸せな生活を手に入れたと言えるでしょう。
しかし、ラインハルト登場以前はどうだったかといえば、決してそうとも言えませんでした。それは、皇帝が血統で選ばれるからです。能力以前に血筋が優先されます。
ラインハルトはいわば革命家みたいなものでもあります。たまたま優秀な人物が皇帝となったわけです。もし、ラインハルトが戦争の天才でそれだけしか取り柄がなかったら、皇帝を倒したときは混乱の世界が待っていることでしょう。
このようにラインハルトが、単なる戦争上手ではなく、君主として優れた能力を持っているからこそと言えます。
選ばれた人による悪政をどう評価するか

作中、自由惑星同盟の評議会メンバーが、選挙や支持率を気にする描写があります。選挙によって選ばれた人たちであることが分かります。
自由惑星同盟が衰退していくきっかけとなった大きな決断は2つあると考えます。
- イゼルローン要塞攻略後に帝国領への侵攻を決定したこと
- 銀河帝国皇帝の亡命を受け入れたこと
イゼルローン要塞を攻略した後に、その余勢をかって帝国領に進行するかどうかという議論があり、結果として帝国領への進攻を決定するのですが、決断の一つとなったのが「低下している支持率を回復させる」というものでした。
作中、「帝国領進攻が成功した場合、支持率が回復する」といったくだりがあります。自由惑星同盟の市民のためではなく、自分たちへの指示をいかに回復させるかという視点で物事を考えています。
結果として、この進攻は大敗で終わり、自由惑星同盟には再度帝国へ侵攻するだけの戦力はなくなります。
ヤンは、イゼルローン攻略後は、対等または同盟に有利な条件で和平交渉ができると考えていたようですが、政治家の思いは違ったようです。
次に、銀河帝国の皇帝が誘拐された後、この一行は自由惑星同盟への亡命を図ります。自由惑星同盟は銀河帝国からの亡命者を受け入れてきたという歴史があります。
しかし、今回は事情が違います。体制が異なる国家元首が亡命してきたのです。しかも、誘拐された状態で、事実上なにの権限も持っていません。さらに、帝国本土では、誘拐された皇帝が配位され次の皇帝が擁立されました。
帝国からすると、敵対勢力に亡命した「逆賊」が誘拐された皇帝ということになります。当然逆賊なので、討伐する口実ができます。これで、ラインハルトは錦の旗を掲げ同盟領への進攻ができるようになったのです。
同盟には全面的に争う力は残っておらず、局所的な抵抗を試みるだけとなっており、戦闘の結果同盟は敗北して、事実上の同盟の独立は無くなったという結果です。
この場合、亡命を受け入れず、帝国に送還でもしていれば、少なくとも帝国と同盟の間に協力関係が築け、全面攻勢の口実を与えることは難しかったと思います。
この2点において、同盟の政治家が取った選択はいずれも悪手だと言えます。しかし、その政治家を選んだのは自分たちです。この結末は同盟市民の総意だったとも言えます。
まとめ
とりとめのない話になりましたが、なんとなく自由惑星同盟の政治家達と日本の政治家たちが重なって見えるところがあるなと思いました。正直今の政治家たちが何を考えているのかはわかりません。ただ、暮らしは良くなっているとは感じません。
約40年前の作品ではありますが、なんとなく政治家に対する風刺も含まれているのかなと思います。
銀河英雄伝説は、かなりのボリュームがある作品です。
しかし、読み手の時間を忘れさせるほどの魅力に溢れた傑作だと思います。
今回は、為政者の視点から「最善の最悪」と「最悪の最良」といった相容れないテーマについて考えてみました。
現実世界に置き換えて、眼の前にこの選択肢があれば世間はどちらを選ぶかということには興味があります。
他にも、この作品には考えさせられることがたくさんありますので、また気が向いたら書いてみたいとおもいます。
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